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第357話 そこだけは、譲れない

Author: Sunny
last update publish date: 2026-09-02 21:47:49

しばらく、車内に言葉はなかった。

街灯の光が。

隼人くんの横顔を照らしては、消していく。

私は、何度か隣を見た。

やっぱり。

今夜の隼人くんは、いつもより読めない。

普段なら。

沈黙の中にも、何となく感情が見える。

今は違う。

表情は静かで。

視線は前。

ただ。

信号で止まるたび。

指がハンドルの縁を確かめるように動く。

時々。

舌先で、内側から頬を押す。

何かを飲み込んでいる時の癖なのだと。

今日初めて知った。

「綾香ちゃん」

突然、名前を呼ばれる。

「何?」

「さっき」

言葉が止まる。

隼人くんの下顎が、ほんの少し動いた。

「兄貴との婚姻の意思はないって言ったでしょう」

「うん」

「本当にないんだよね」

私は隣を見る。

「ないよ」

即答する。

「仕事で尊敬してても?」

「それとこれは別だって言ったでしょう」

「分かってる」

そう言うのに。

眉間には薄く皺が寄った。

「……分かってない顔してる」

思わず言う。

隼人くんが、一瞬こちらを見る。

「そう?」

「うん」

「じゃあ」

少しだけ口元が歪む。

「分かってるけど、気に入らない顔かな」

その言い方とは違って。

目には、笑いがなかっ
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    「綾香ちゃんが悪いって言ってるんじゃない」「俺が勝手に嫌だっただけ」しばらく黙ってから、続ける。「綾香ちゃんを、渡したくないんだよ」指が膝の上でゆっくり握られた。「誰にも」静かな声だった。開き直っているわけではない。むしろ、自分でも綺麗な感情ではないと分かっていて、それでも隠す余裕がないように見えた。「相談しなかったのは悪かったと思ってる」「綾香ちゃんが怒ることも分かってた」「でも」隼人くんの目が、まっすぐ私を見る。「後悔はしてない」胸の奥が揺れた。「兄貴との縁談を、綾香ちゃんが断るまで待つつもりはなかった」「断るって分かってても?」「分かってても」即答だった。「可能性として残ってること自体が嫌だった」声は静かだった。けれど迷いはない。「だから、潰した」「完全に?」「うん」「また同じことがあったら?」ほんの少しも考えずに。「同じことすると思う」私は隼人くんを見る。この人が私を大切にしていることは、分かっている。だからこそ。今まで距離を置いてきた家の仕事まで。自分の生活が変わるほどのものまで。平然と引き受けたことが、怖かった。「隼人くん」声が少し掠れた。「そんなに大きなことを」言葉にしようとして、胸が詰まる。「私なんかのことで――」「私なんかって言うの、やめて」低い声が、私の言葉を切った。はっとして顔を上げる。隼人くんの表情が、初めて崩れていた。眉間に深く皺が寄っている。さっきまで抑えていた目に、明らかな苛立ちが浮かんでいた。片手がテーブルの上へ出る。指先が、一度強く握られる。「それ、嫌だ」「……隼人くん」「綾香ちゃんが、自分のことをそういう言い方するの」声が低い。今までの平坦さが消えていた。「俺が勝手にやったことだから、怒るのはいいよ」「無茶だって言われるのも分かる」少し前へ身体を寄せる。「でも、私なんかのためにって言われるのは違う」視線が、真っ直ぐぶつかる。「綾香ちゃんだからだよ」隼人くんの喉が動いた。「他の誰かなら、こんなことしない」「家が何を決めても、好きにすればいいって思う」「でも綾香ちゃんは違う」声が少しだけ掠れた。「俺、綾香ちゃんのこと諦めるつもりないから」息をするのを忘れた。「事業が大きいことも分かってる」「海外だけじゃ

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